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ラマザーンへのいざない1 ラマザーン月の始まり [宗教]

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明日からイスラム教徒の断食月、ラマザーン月が始まります。             

イスラム教徒は今年も、最も寛容で慈悲深い神の宴に招待されています。

今年もまた、敬虔な人々の前に、天の扉が開かれました。彼らは神の安全な領域に入り、日々の喧騒から離れ、自分と神を知ることだけを考えます。

 現代の社会では、自分について考える機会が失われており、人々は、物質主義的になっています。そのような中で、ラマザーンは、人間を都市の喧騒から遠ざけ、自分自身の内面を見つめるためのきっかけになります。ラマザーン月は、自分の成長と神について考えることができる機会なのです。

 ラマザーン月は、イスラム教徒の聖典コーランの内容、イスラムの預言者ムハンマドやイマームたちの発言により、他のどの月にもまさる月とされています。すべての月は神によって定められたものですが、神の月と呼ばれるのは、その中でたった1つです。また、すべての夜は神のものですが、ガドルの夜はたったひとつであり、その偉大な夜は、この聖なるラマザーン月に訪れます。

 ラマザーンは宴の月です。この宴の主催者は、世界を創造した神であり、神はすべての人を、この宴に招待しています。

 ここで、食べたり飲んだりしてはならない宴とは、どのようなものかと疑問に思った人もいるでしょう。神は、ラマザーンの宴を、肉体的なもてなしとして催すわけではありません。人間の体は、他のすべての生き物と同じように、常に神の宴に招待されており、神からの日々の糧によって栄養を得ています。しかし、ラマザーン月の宴では、人々の精神が鍛えられ、肉体は休息し、健康を取り戻します。

 ラマザーン月の精神的な慣習は、人間が自分の本質を育成できるよう、自分の欲望を調節するためのものです。実際、ラマザーン月の真の目的は、人間の精神を対象にしています。この月、断食、神への祈祷、コーランの朗誦、援助や善行、その他のふさわしい行いにより、人間の心を清め、精神的な成長の土台を整えるのです。

 この宴の価値を知るのは、神のみです。とはいえ、ラマザーン月が宴と呼ばれているのは、文学者による感情的な表現ではありません。それは、世界のすべての真理を知る、イスラムの預言者ムハンマドによって用いられた表現です。預言者ムハンマドは次のように語っています。「あなた方はこの月、神の宴に招かれている」

 預言者ムハンマドの表現を借りれば、ラマザーン月には、人間のささいな行いであっても、最高の形で注目され、報奨が与えられます。つまり、神は最小の崇拝行為に対して、最高の恩恵を与えてくださいます。また、罪を少しでも悔い改めれば、最大の罪であっても赦され、礼拝と服従、永遠の幸福や真の成長に達するための土台が、いつにも増して整えられます。

 神は、敬虔な人々を宴に招待することで、彼らを物質的な生活から切り離し、自分のもとへと近づけます。神は、コーラン第2章アルバガラ章雌牛、第183節で次のように語っています。

「信仰を寄せた人々よ、あなた方には断食が定められている。あなた方以前の民にも定められていたように。それによって敬虔な人間となるように」

 (一部引用 ParsToday 2019年05月05日04時30分)

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(落書き)

    ラマザーンについてまとめた記事があったので掲載。

 

     


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